最高裁判所第三小法廷 平成元年(オ)399号 判決 1992年6月23日
上告人
株式会社時事通信社
右代表者代表取締役
原野和夫
右訴訟代理人弁護士
小谷野三郎
中村巖
吉永満夫
山嵜進
築地伸之
武内更一
被上告人
山口俊明
右訴訟代理人弁護士
内田剛弘
羽柴駿
渡邉博
主文
原判決中、上告人敗訴の部分を破棄する
前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人中村巖、同吉永満夫、同山嵜進、同築地伸之、同武内更一の上告理由第一点及び上告代理人小谷野三郎の上告理由第一について
一 原審の確定した事実関係は、次のとおりである。
1 上告会社は、昭和二〇年一一月に創立されたニュースの提供を主たる業務目的とする通信社であり、昭和五五年六月当時の職員総数は一二一七人であるが、上告会社においては、官公庁、企業に対する専門ニュースサービスを主体としているため、新聞、放送等のマスメディアに対する一般ニュースサービスの比重は、昭和五五年当時、収入面でみれば、全収入の一二ないし一四パーセント程度のものであり、これに従事する人員も同業の他社や大手の新聞社に比較して少数であった。
上告会社本社においてニュース取材を担当する編集局は、昭和五五年八月当時、第一編集局(職員数三八七人)と第二編集局(職員数二五人)に分かれ、それが更に一七か部に分かれており、被上告人の所属する社会部は、第一編集局に属していた。社会部は、前記の一般ニュースサービスのための取材を中心としており、昭和五五年八月当時の人員は四一人で、内勤が一〇人(部長一人、次長(デスク)四人、遊軍三人、デスク補助二人)、その他の三一人が各記者クラブに所属する外勤であり、その人員規模は、同業の他社や最大手の新聞社の二分の一以下であって、外勤記者の記者クラブ単独配置、かけもち配置もかなり行われていた。また、社会部に、どの記者クラブとも関連の薄い事件の取材、大事件の応援、デスク補佐等を行うため、右遊軍記者三人が配置されたのは、昭和五五年七月になってからであった。
上告会社において、記者クラブ所属の記者が長期欠勤や長期出張で一箇月近くも不在で取材活動を行うことができないような場合にその職務を他の部の記者が代替した事例はなく、そのような場合は、不在の記者の所属部において賄うのが慣例とされていた。
2 被上告人は、昭和四二年四月に上告会社に入社し、大阪支社、本社第一編集局スポーツ部、同経済部に順次配属され、モスクワ支局特派員勤務を経た後、本社第一編集局社会部に勤務している記者であり、昭和五三年四月からは科学技術庁の科学技術記者クラブに所属している。被上告人が右記者クラブに所属後、約一年間は、右記者クラブに多年にわたり配属されていた鉄川喜一郎記者との複数配置であったが、昭和五四年三月ころ同記者が退職して以降は、右記者クラブには非常勤の記者の配属もなく、被上告人の単独配置となった。
被上告人が右記者クラブ所属の記者として担当すべき分野は、科学技術庁、原子力委員会、原子力安全委員会の所管事項に対応して、原子力関係、エネルギー研究開発関係、宇宙開発関係、海洋資源開発関係、ライフサイエンス関係、防災科学関係等の多岐にわたっているが、なかでも原子力関係が大きな比重を占めていた。昭和五四年三月にアメリカ合衆国スリーマイル島の原子力発電所の事故が発生し、それ以降、我が国の国民の間でも、原子力発電所及びその事故に対する関心が高まっていたが、被上告人は、原子力の安全規制関係全般がその担当分野とされ、原子炉関係の重大事故はすべて取材対象とされていたため、実用発電用原子炉に事故が起こった場合の事故原因の技術的解説記事や安全規制問題についての解説記事は、被上告人が担当すべきものとされていた。
被上告人の右担当職務は、多方面にわたる科学技術に関するものであり、その取材活動には、その分野についてのある程度の専門的知識の蓄積が必要であり、被上告人も、右記者クラブに配属されるまで、科学技術分野についての格別の知識、経験を有していたわけではないが、昭和五五年八月当時には、右記者クラブに所属してからの取材活動や学習により、その担当分野につき、相当の専門的知識、経験を有していた。
3 被上告人は、昭和五五年当時において、前年度の年次有給休暇の繰越日数二〇日間を加えた四〇日間の年次有給休暇日数を有していたので、同年六月二三日、社会部長関口実に対し、口頭で、同年八月二〇日ころから約一箇月間の有給休暇を取って欧州の原子力発電問題を取材したい旨の申し入れをした上、同年六月三〇日、同部長に対し、休暇及び欠勤届(同年八月二〇日から九月二〇日まで。ただし、うち所定の休日等を除いた年次有給休暇日数は二四日である。)を提出し、年次有給休暇の時季指定をした。
関口社会部長は、被上告人の右年次有給休暇の時季指定に対し、科学技術記者クラブの常駐記者は被上告人一人だけであって一箇月も専門記者が不在では取材報道に支障を来すおそれがあり、代替記者を配置する人員の余裕もないとの理由を挙げて、被上告人に対し、二週間ずつ二回に分けて休暇を取ってほしいと回答した上、同年七月一六日付けで八月二〇日から九月三日までの休暇は認めるが、九月四日から同月二〇日までの期間(ただし、被上告人が休暇の始期を遅らせたときは、九月四日からその遅らせた日数だけ後の日から同月二〇日までの期間)中の勤務を要する日に係る右時季指定については業務の正常な運営を妨げるものとして、時季変更権を行使した。
その後、被上告人の所属する労働組合である時事通信労働者委員会と上告会社との間で本件時季指定と時季変更権の行使に関し、団体交渉が行われたが、妥協点を見いだせなかった。被上告人は、本件時季変更権の行使を無視して同年八月二二日から同年九月二〇日までの間、欧州の原子力発電問題を取材する旅行に出発して、その間の勤務に就かなかった。なお、被上告人は、その出発の前日、関口社会部長に対し、同年八月二二日から右旅行に出発するが、上告会社が憂慮する原子力発電所事故等の突発的大事件が発生した場合には旅行日程を切り上げて帰国する用意があるとしてその際の緊急連絡先(ただし、具体的には在外公館の電話番号)を記載した書面を提出した。
そこで、上告会社は、同年一〇月三日、被上告人が時季変更権の行使された同年九月六日から同月二〇日までの間の勤務を要する日一〇日間について業務命令に反して就業しなかったことが、職員就業規則に基づく職員懲戒規程四条六号所定の懲戒事由である「職務上、上長の指示命令に違反したとき」に該当するとして、被上告人を懲戒処分としてのけん責処分に処し、また、同年一二月に支給した賞与について、この一〇日間の欠勤があることを理由として被上告人には四万七六三八円少なく支給した。
4 被上告人が本件休暇による旅行中で勤務に就かなかった間は、社会部のデスク補助担当で気象庁記者クラブにも所属していた田中里見記者が、かつて科学技術記者クラブの非常勤の記者として勤務した経験を有することから、被上告人の代わりに右記者クラブを担当し、右代替期間中、科学技術関連記事一五本を出稿した。
二 原審は、右事実に基づき、被上告人が時季指定をした本件休暇の期間中、被上告人の職務の代替が著しく困難であったとはいえず、比較的担当職務の暇な外勤記者やデスク補助記者により被上告人の職務を代替する方法も採り得るところであったとし、また、被上告人の本件休暇取得により上告会社の社会部の業務に支障が生ずるとしても、それは科学技術記者クラブに被上告人を単独配置するという上告会社の不適正な人員配置に起因するものであるから、これにより生ずる業務上の支障を重視すべきではないなどと説示した上、上告会社の本件時季変更権の行使は、労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの。以下同じ。)三九条三項ただし書所定の要件を欠く違法なものであり、本件休暇は有効に成立しているから本件けん責処分は違法、無効であるとして、本件けん責処分が無効であることを確認するとともに、被上告人が違法な本件けん責処分により被ったと主張する損害(前記賞与減額分、慰謝料及び弁護士費用)についての賠償請求の一部を認容し、合計金一六万七六三八円とこれに対する昭和五六年五月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払うべきである、と判断した。
三 しかしながら、上告会社の本件時季変更権の行使が労働基準法三九条三項ただし書所定の要件を欠く違法なものであるとした原審の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
年次有給休暇の権利は、労働基準法三九条一、二項の要件の充足により法律上当然に生じ、労働者がその有する年次有給休暇の日数の範囲内で始期と終期を特定して休暇の時季指定をしたときは、使用者が適法な時季変更権を行使しない限り、右の指定によって、年次有給休暇が成立して当該労働日における就労義務が消滅するものである(最高裁昭和四一年(オ)第八四八号同四八年三月二日第二小法廷判決・民集二七巻二号一九一頁、同昭和四一年(オ)第一四二〇号同四八年三月二日第二小法廷判決・民集二七巻二号二一〇頁参照)。そして、同条の趣旨は、使用者に対し、できる限り労働者が指定した時季に休暇を取得することができるように、状況に応じた配慮をすることを要請しているものと解すべきであって、そのような配慮をせずに時季変更権を行使することは、右の趣旨に反するものといわなければならない(最高裁昭和五九年(オ)第六一八号同六二年七月一〇日第二小法廷判決・民集四一巻五号一二二九頁、同昭和六〇年(オ)第九八九号同六二年九月二二日第三小法廷判決・裁判集民事一五一号六五七頁参照)。しかしながら、使用者が右のような配慮をしたとしても、代替勤務者を確保することが困難であるなどの客観的な事情があり、指定された時季に休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げるものと認められる場合には、使用者の時季変更権の行使が適法なものとして許容されるべきことは、同条三項ただし書の規定により明らかである。
労働者が長期かつ連続の年次有給休暇を取得しようとする場合においては、それが長期のものであればあるほど、使用者において代替勤務者を確保することの困難さが増大するなど事業の正常な運営に支障を来す蓋然性が高くなり、使用者の業務計画、他の労働者の休暇予定等との事前の調整を図る必要が生ずるのが通常である。しかも、使用者にとっては、労働者が時季指定をした時点において、その長期休暇期間中の当該労働者の所属する事業場において予想される業務量の程度、代替勤務者確保の可能性の有無、同じ時季に休暇を指定する他の労働者の人数等の事業活動の正常な運営の確保にかかわる諸般の事情について、これを正確に予測することは困難であり、当該労働者の休暇の取得がもたらす事業運営への支障の有無、程度につき、蓋然性に基づく判断をせざるを得ないことを考えると、労働者が、右の調整を経ることなく、その有する年次有給休暇の日数の範囲内で始期と終期を特定して長期かつ連続の年次有給休暇の時季指定をした場合には、これに対する使用者の時季変更権の行使については、右休暇が事業運営にどのような支障をもたらすか、右休暇の時期、期間につきどの程度の修正、変更を行うかに関し、使用者にある程度の裁量的判断の余地を認めざるを得ない。もとより、使用者の時季変更権の行使に関する右裁量的判断は、労働者の年次有給休暇の権利を保障している労働基準法三九条の趣旨に沿う、合理的なものでなければならないのであって、右裁量的判断が、同条の趣旨に反し、使用者が労働者に休暇を取得させるための状況に応じた配慮を欠くなど不合理であると認められるときは、同条三項ただし書所定の時季変更権行使の要件を欠くものとして、その行使を違法と判断すべきである。
右の見地に立って、本件をみるのに、前記の事実関係によれば、次のことが明らかである。(1) 被上告人は上告会社の本社第一編集局社会部の記者として科学技術記者クラブに単独配置されており、担当すべき分野は、多方面にわたる科学技術に関するものであり、原子力発電所の事故が発生した場合の事故原因や安全規制問題等についての技術的解説記事がその担当職務であって、その取材活動、記事の執筆には、ある程度の専門的知識が必要であり、被上告人も、昭和五五年八月当時には、右担当分野につき、相当の専門的知識、経験を有していたことから、社会部の中から被上告人の担当職務を支障なく代替し得る勤務者を見いだし、長期にわたってこれを確保することは相当に困難である。(2) 当時、上告会社の社会部においては、外勤記者の記者クラブ単独配置、かけもち配置がかなり行われており、被上告人が右記者クラブに単独配置されていることは、異例の人員配置ではなく、これは、上告会社が官公庁、企業に対する専門ニュースサービスを主体としているため、新聞、放送等のマスメディアに対する一般ニュースサービスのための取材を中心とする社会部に対する人員配置が若干手薄とならざるを得なかったとの企業経営上のやむを得ない理由によるものであり、年次有給休暇取得の観点のみから、被上告人の右単独配置を不適正なものと一概に断定することは適当ではない。(3) 被上告人が当初年次有給休暇の時季指定をした期間は昭和五五年八月二〇日から同年九月二〇日までという約一箇月の長期かつ連続したものであり、被上告人は、右休暇の時期及び期間について、上告会社との十分な調整を経ないで本件休暇の時季指定を行った。(4) 上告会社の関口社会部長は、被上告人の本件年次有給休暇の時季指定に対し、一箇月も専門記者が不在では取材報道に支障を来すおそれがあり、代替記者を配置する人員の余裕もないとの理由を挙げて、被上告人に対し、二週間ずつ二回に分けて休暇を取ってほしいと回答した上で、本件時季指定に係る同年八月二〇日(ただし、同月二二日に変更)から九月二〇日までの休暇のうち、後半部分の九月六日以降についてのみ時季変更権を行使しており、当時の状況の下で、被上告人の本件時季指定に対する相当の配慮をしている。
これらの諸点にかんがみると、社会部内において前記の専門的知識を要する被上告人の担当職務を支障なく代替し得る記者の確保が困難であった昭和五五年七、八月当時の状況の下において、上告会社が、被上告人に対し、本件時季指定どおりの長期にわたる年次有給休暇を与えることが「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するとして、その休暇の一部について本件時季変更権を行使したことは、その裁量的判断が、労働基準法三九条の趣旨に反する不合理なものであるとはいえず、同条三項ただし書所定の要件を充足するものというべきであるから、これを適法なものと解するのが相当である。
四 そうすると、以上判示したところと異なる見解に立って、上告会社の本件時季変更権の行使を違法とした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ず、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。これと同旨をいう論旨は理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決中の上告会社敗訴部分は破棄を免れない。そして、本件時季変更権の行使及び本件懲戒処分が不当労働行為に該当するとの被上告人の主張の当否について更に審理を尽くさせるため、右部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。
よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄)
上告代理人中村巖、同吉永満夫、同山嵜進、同築地伸之、同武内更一の上告理由
《目次》
はじめに―本件の特異性―
上告理由
第一点 労働基準法(昭和六二年改正前)第三九条第三項但書の解釈・適用の誤り
第二点 経験則(採証法則を含む)の解釈・適用の誤り、理由不備、理由齟齬<省略>
結語
はじめに―本件の特異性―
一 本件は通信社の記者が自己の有する年次有給休暇の範囲内で連続三〇日(休日を除くと二四日間)の休暇を請求し、会社からそのうち後半の一二日について時季変更権を行使されたにも拘わらず、これを無視して欠勤したため、けん責の処分を受けたことについて懲戒の適否を問題とする事件である。
二 本件について第一審である東京地方裁判所は本件懲戒処分は有効であり、違法な行為とはならないと判断したのに対し、原審の東京高等裁判所はこれは無効なものであるのみならず違法であって不法行為であると判断した。このように判断が正反対であるのは、とりもなおさず、第一審が上告人株式会社時事通信社(以下上告人会社という)の時季変更権の行使を有効としたのに対し、原審はこれを無効としたことによるものである。
三 しかして、本件は極めて特異な事件であり、法律学上も重要な事件であるとともに一般社会からも重大な関心が寄せられる事件となった。
すなわち、労働基準法上のいわゆる時季変更権なるものはいなかる場合に行使しうるのかという問題とともに、労働者はいかなる場合にこのような長期、大型の連続休暇をとりうるのか、新聞記者という特殊な職業の場合に休暇のとり方をどう考えたらよいのかについて多くの人々に考えさせる問題を提供するに至ったのである。
それ故にこの事件に対する最高裁の判断に対して、社会の注目が集まっている。
四 この事件が特異なものである所以の第一は、第一審と第二審の判決が真向から対立しているという点である。一、二審判決が対象とするなまの事実関係は全く同じである。原審で若干の証拠調べが行われたとはいえ、事実関係は少しも変わったわけではない。
しかるに一審、二審の裁判所の事実関係に対する評価は正反対ともいうべきものである。すなわち、確定された事実関係のもと、それが「事業の正常な運営を妨げる場合」と評価されるのかどうかについて考え方は真向から対立する。
五 この評価の違いは職務の繁忙あるいは職務の代替性の有無、程度をどうみるかによるところも大きいと思われるが、名古屋大学の和田助教授は、「その背景にはまた、時季変更権行使の要件に関する見解に違いがあることも指摘できる。すなわち、使用者の時季変更権の行使については、会社が現に行っている人員配置を前提に、その枠内で事業運営の支障の有無を判断すればよいのか、それとも事業運営の支障が会社の人員配置の不適正が原因となって生じた場合には、これを時季変更権行使の理由とすることは許されないと解するのかの違いである。」(ジュリスト九二七号『一ヵ月の夏季休暇請求と時季変更権の行使』)といっている。たしかにこの点での見解の相違は大きい。
しかしながら、より大きいのは、現時の社会経済状況を背景とする雇用関係、労働関係のなかで、有給休暇制度をどう運用すべきかという、より根底的な問題に対する考え方の相違である。
六 労働関係法規は対使用者との間で弱い立場に立つ労働者を保護しつつ労働関係における安定的秩序をつくりあげることを目的とするものであり、そこでの安定的秩序とは今日の社会経済的状況やその中で生み出される意識によって是認される状態である。
有給休暇制度も、労働者の心身の疲労を回復させ労働力の維持培養を図るために必要な制度とされるが、その運用は今日の社会経済的状況やその中での今日的意識に沿うものとしてなされなければならず、使用者は「できるだけ労働者が指定した時季に休暇を取れるよう状況に応じた配慮をすることを要請」(最判昭和六二年七月一〇日、判例時報一二四九号三三頁)されているとはいえ、現代社会において企業の果たしている役割、企業の円滑なる運営が現時の経済的繁栄を招来している状況等を考えるとき、企業は業務運営に多大の支障を余儀なくされる場合にまで休暇の指定を受忍しなければならないと解することはできない。
法に基づいて保障される労働者の休暇権と、業務の円滑なる運営について使用者の有する利益との接点では、何らかの調整が必要であり、その局面での調整原理は、それ故に社会経済的状況の認識、社会の意識でなければならず、それから隔絶し、あるいはとび離れた判断を裁判所が判決として下すことは、それが今後の規範として通用していくものであるだけに、社会に対して大きな混乱をもたらす。
七 この種事案に対する裁判所の判断は、労使関係分野においての国の政策形成の役割を果たすことは疑いない。すなわち、司法による労使政策の定立であり、判決が今後のわが国における労働政策をリードすることになる。しかして今日の社会経済状況下での原審判決のインパクトはあまりにも大きい。これは、経済界において、企業の人員配置のあり方自体を抜本的に変革することを迫るもの、すなわち少数精鋭主義企業経営の否定、それによる増員、人件費の増大、コストの拡大を要求するものと受け止められ、恐怖の念をもって迎えられている。
ことに原判決は、次にのべるように長期休暇を可能ならしめるものであるが故に、企業に対して従来とは異なった人員の配置を要求するものではないかとの懸念を生じさせていることが大きいのである。
八 真向から対立する一、二審判決の二つの考え方のなかにあって、最高裁判所は司法による労働政策定立の役割を負っている立場から、経済界、労働関係に混乱をもたらすことなく、そこでの安定的秩序を維持していくために、一審判決の考え方を支持していかなければならないと考えられる。
九 この事件の特異性の第二は、これが「長期連続休暇」にかかる事案であるという点である。
従来最高裁判所あるいは各下級裁判所において有給休暇請求に際して「事業の正常な運営を妨げる場合」とはいかなる場合かをめぐって多くの判決がなされてきたが、これらの事例はいずれも短期の、すなわち半日、一日、長くても二日間に関するものであった。ところが本件は一ヵ月にもわたる(休日を除けば二四日間)長期の連続した休暇の請求がなされた事案であって、その意味では、かかる場合の「事業の正常な運営が妨げられる」とは何かが裁判所で争われる初めての事案ということができる。従って、従来の年休取得の可否が争われた事例で形成されてきた法理は、そのままでは適用がし難いものであるといわなければならない。
一〇 例えば「できるだけ労働者が指定した時季に休暇をとれるよう状況に応じた配慮をすること」の要請についても、半日、一日の休暇であれば、文字どおり受け取ることができるが、長期の場合は原則的にはその通りであっても「できるだけ」の程度、「状況に応じた配慮」の状況や配慮の内容についても、一定の変容を蒙らざるをえない。
しかるに原判決にはこの点について特別の考慮を払った形跡がない。前掲のジュリストの和田助教授の評論も、本件が一ヵ月という長期休暇の取得の可否について争われた事件であるに拘らず「原判決も本件のこうした特殊性をあまり考慮していない。」と論じている。
一一 有給休暇を連続してとろうと分割してとろうと、それが当該労働者の有する休暇日数の範囲内であるならば法の建前上は自由である。
しかしながら現実には裁判所職員をはじめとする官公庁の公務員、さらには一般の私企業においてさえ、夏期に一ヵ月もの長期の連続休暇がとられたという事例は皆無といってよい。最近でこそ有給休暇の連続取得が奨励されるようになり、休日を含めて一週間乃至一〇日間の連続休暇(有給休暇はそのうち五乃至七日間)がとられる事例もみられるようになったが、昭和五五年当時は、そのようなことはみられず(昭和五九年ですら有給休暇を二日以上連続してとった労働者は27.5%、その取得した連続日数は三〜七日が九〇%にすぎなかった、――<書証番号略>)、従って連続休暇に関する事例が裁判所にもち込まれなかったのも当然だったのである。
一二 かかる状況のもと一般私企業は(官公庁でも同様と思われるが)企業内における人員の配置を実態に即して行い、短期の休暇請求には応じられる労務配置を行って来たのであって、最近では最近の趨勢に合わせてその態勢を強化しているものの、なお連続一ヵ月の長期休暇の請求に応ぜられるような人員配置をしている企業は存在しないといってよい。
そのため原審判決のような判決が出されるということは、現在の企業にとっては驚天動地の出来事ということになり、産業界は大きな衝撃を受けている。なかには企業の存立に脅威を感ずるというところまで出てきている。
しかも、昭和五五年夏の時点でさえ、連続一ヵ月の休暇に企業は応ずべきであったとするのであるから、一般からはあまりにも社会経済状況や世の中の意識に顧慮を払わない観念的な判決と受けとられるのも当然である。
一三 そのことはともかくも、法律解釈上からいっても後に述べるように休暇期間の長短は「事業の正常な運営を妨げる」かどうかを判断する大きな要素であり、原判決自ら時季変更権行使の当否の判断基準の中で「・・・その他諸般の事情を指定された休暇期間の長短とも関連させて・・・判断すべき」(三〇丁表)と述べている。しかしながら原判決の判断は、この点に思いを致すことがあまりにも少ない。労働者の長期休暇がほとんどの場合事業の運営に重大な影響を及ぼすことは自明である。従ってむしろかかる長期連続休暇の場合は、特殊例外的に「長期にもかかわらず事業の運営に影響を及ぼさない事例」についてのみ時季変更権の行使を認めない、とするのが妥当であると考えられる。
一四 今日の日本社会における労働時間の長さ、年休消化率の低さ等を考えるとき、有給休暇取得をより一層奨励すべきこと、およびこのための方策として年何回かに分けて連続の休暇をとれるよう企業側の態勢を整備すること等が望ましいことは当然である。しかしこのことと、企業が労働者から突如請求された長期の連続休暇を「無理をしてでも」実現させるべきか否かということとは全く質的に違うことであって、短絡的に両者を結びつけるのは間違いである。原判決直後の日本経済新聞社の社説(昭和六三年一二月二二日付)は「判決は、会社側が相当無理をして代替勤務者を確保した事情を十分配慮せず、『代替が著しく困難だったとは言い難い』として人員配置が不適正で、時季変更権行使が妥当でないとしている。だがこの判断に誤りはないのであろうか。会社側は最高裁に上告する意向だが、さらに精査する必要があろう。」としており、時短により「ゆとりのある生活」を実現することが我が国の課題であり、休みを増やし心身のリフレッシュを進めるべきだとしながらも判決に疑問を呈している。
東京大学の菅野和夫教授も第一審判決後の対談で(日本労働協会雑誌三五〇号二頁『労働判例この一年の争点』)「今後、年休に関する権利意識が高まり、時短の社会的なムードに乗っていくと、この種の事件が増え」る。しかし「この企業の実態からすると、後半二週間については業務の正常な運営を阻害すると判断したのはやむを得ないかなという気がします。結局のところは、こういう大型年休は今度新しく制度化された計画年休等を使って実現していくほかないのではないかと思います。」と論じているのである。
一五 本件の特異性の第三は、被上告人が通信社記者であるということに関する。いうまでもなく新聞社等の記者は肉体労働者でなく、新聞通信という社会的公器を担い、社会に対して一定の責任を負っている。従来の裁判例のなかで有給休暇請求に対する時季変更権行使の適否が争われたものは、概ね単純労働にかかるものに限られる。職場としては電報電話局、郵便局(鉄道郵便局)、営林署等にかかわるものが圧倒的に多い。しかも争われた事案は前述したように半日、一日、長くても二日間の休暇にかかるものである。これらの労働者、職場にあっては職務が単純であるが故に一般論的には代替は容易に可能であり、代替要員の配置状況如何で業務の支障の有無が決せられ、「できるだけ労働者が指定した時季に休暇が取れるよう状況に応じた配慮を要請され」てもこれに応ずることにさほどの困難はなく、かつまた、休暇の結果として生じるであろう支障もまた極めて限定せられていて、対社会的な面で企業に打撃をあたえる側面が少なかったのである。
一六 ところが新聞、通信社の記者にあっては自己の知的能力、経験、専門的知識を最大限に用いて取材、送稿し読者に事実を報道する職責があり、新聞、通信社それ自体もまた、社会事象のうち重要なものを可能な限り洩れなく的確に報道しない限りその社会的信用を失うこととなる。従って企業側は、報道が必要な部署には適材と考えられる記者を配置し、報道に万遺洩なきを期しており、記者もまたこれを自覚しつつその社会的使命を果たすことに喜びを見出し、そのことがまた社会から高い評価を得ている。
この種企業においても、当然有給休暇は労働者の権利である。しかし、その休暇は企業に対して可能な限り打撃を与えない方法で完全に消化されるべく、そのことが労働者に要請されることもまた理の当然といわなければならない。有給休暇の目的は労働者の心身の疲労の回復と労働力の維持培養を図るということであるが、そのためには例えば四〇日の有給休暇を有していたとしても、数日乃至一〇日間の連続休暇を数回とることによって目的が達成されないとはいえない。企業もまたかかる記者の特性に着目して人員配置を図ったとしても非難を受ける所以はないというべきであり、数日乃至一〇日間の休暇であればその間の報道体制の不備、記事の質の低下、ひいては報道機関としての評価の低下を受忍しうるから、限られた人員での企業運営をなしうることになるのである。
ひとり通信社のみならず今日の企業においては、労働者の長期の連続休暇を予定して日頃から知識、技能において同程度の余剰労働力を蓄えておくことができないのは当然であり、問題は補充要員確保がどの程度の努力を伴うか、補充要員による仕事の質の低下等をどこまで受忍すべきかであるが、この場合、企業が記者という特殊な職務の故に一ヵ月もの長期連続休暇という方法以外の方法での休暇取得を求めることによって事態の打開をはかろうとしたことも許されるべきである。
一七 最高判昭和六二年一月二九日(労働判例四九四号一四頁)道立夕張南高校事件判決は、単純労働者以外の労働者に関して時季変更権行使の適否を判断した数少ない事例の一つである。ここでは高校の唯一の物理の教諭の有給休暇の請求に対し、最高裁は請求の日に「年休を与えることは(当該)高校の事業である右定期考査の正常な運営を妨げる蓋然性がある」とする原判決を認容して上告を棄却した。これは一日の休暇に対するものであり、一定の特殊性があるにしても、高校におけるその教科の唯一の教師のごときもまた、その職務および職場の特殊性のゆえに「事業の正常な運営を妨げる場合」に関する従来の一般原則に服さないものであると考えられる。
ともあれ、原判決は本件が記者にかかるものであるという特殊性を無視しているが、工場内の製造部門等の従事者と新聞、通信社という特殊な部門における記者とを別異に考えるべきは当然であり、原判決の判断は当を得ていない。
一八 以上述べてきたところによっても原判決は明らかに労働基準法(昭和六二年改正前)第三九条第三項但書の解釈、適用を誤り、かつ理由不備、理由齟齬、経験則違反等の数々の誤りを犯しているのであって、これが判決に影響を与えることは明らかであるから速やかに破棄されなければならない。
以下、上告理由第一点および第二点に分けて詳細に論ずる。
上告理由
第一点 労働基準法(昭和六二年改正前)第三九条第三項但書の解釈・適用の誤り
原判決は、昭和六二年改正前の労働基準法第三九条第三項但書(以下法三九条三項但書という)の解釈・適用を誤っており、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令違背がある。
一 本件被上告人は上告人会社に対して法三九条三項本文に基づいて有給休暇の時季指定をしたところ、上告人会社はその一部について同条同項但書に基づき時季変更権を行使した。しかるに被上告人はこれを無視して欠勤したため、上告人会社は被上告人に“けん責”の処分をなした。
ところがこれに対して原判決は「被控訴人(上告人会社)の時季変更権行使は適法とはいえず、控訴人(被上告人)はその時季指定により・・・・年次有給休暇の権利を行使したことになるから、この間に控訴人(被上告人)に就労を命ずる業務命令は違法であり、したがって、この命令に従わなかったからといって・・・・これを理由とする本件けん責処分は違法であり無効であると断ぜざるをえない」(原判決三九丁裏)と判示した。
しかしながら、上告人会社の時季変更権の行使は適法とはいえずとすることは、法三九条三項但書の解釈適用を誤ったものであり、右変更権の行使は適法有効とすべきものである。
はたしてしかりとすれば、被上告人に就労を命じた上告人会社の命令は有効で、これに従わなかった被上告人の行為は処分の対象とすべきものとなり、処分が有効であれば被上告人の請求は棄却すべきものとなるのである。
二 原判決は法三九条一乃至三項の構造について、
「労働者の年次有給休暇請求権は、労働基準法(昭和六二年九月二六日法律第九九号による改正前、以下同じ)三九条一、二項の要件を充足することにより法律上当然に発生し、使用者はこれを労働者に与える義務を負うに至るのであり、労働者がその有する休暇日数の範囲内で、具体的休暇の始期と終期を特定してその時季を指定したのに対し、使用者が時季変更権を行使して、その指定の効力を失わせることができるのは、客観的に同条三項但書所定の事由が存在する場合、すなわち指定された時季に年次有給休暇を取得されることが「事業の正常な運営を妨げる」と客観的に認められる場合でなければならない。」と判示する(原判決二九丁裏)。
このこと自体は従来の最高裁の判例に則ったものであり、何人にも異論がないところである。そこで時季変更権行使の適法要件である「事業の正常な運営を妨げると客観的に認められる場合」とはどのような場合かということになるが、これは休暇によって当該労働者が職務につかない結果、事業に生じた支障が、事業の正常な運営を妨げると評価される程度に達する場合にほかならず、この評価はいわば第三者的な客観的かつ合理的な評価であると同時に、ことがらの性質上あらかじめなされる判断であることから、正常な運営を妨げる程度に達する可能性が大きいという「蓋然性」の評価である。
しかしてこの蓋然性の評価をなすに当たっていかなる要素を視野に入れるべきかについては、通常、原判決も前記引用部分に続いて判示するように「当該労働者の所属する事業場について、その事業場の規模及び業務内容、当該労働者の担当する職務の内容、性質及びその職務の繁忙度、これらを踏まえた代替要員の確保の難易、それによる事業への影響の程度その他の諸般の事情」「指定された休暇期間の長短」であるとされている。
このことはとりもなおさず、「事業場の規模の大小」、「事業場がいかなる業務を営んでいるか」、「労働者の担当している仕事のなかみと性質」、「仕事の忙しさ」、「代替要員確保の難易度」、「業務支障の程度」等の事情を事実として確認したうえで、これに「休暇期間の長短」をからませて評価すべきであって、それによって事業の正常な運営が妨げられる蓋然性の有無が判断されるということを意味する。
しかしてこれらの要素について一般的にいえば、「休暇期間の長いこと」はまず何よりも支障の大きさ、ひいては事業の正常な運営を妨げる結果を推認させ、事業場の規模の小ささ、事業場の業務の社会的な意義、担当者の職務の重要性等はいずれも事業の正常な運営を妨げるとの判断を導き出す方向で働くことになる。
また代替要員確保が容易である、業務に対する支障が軽微である等の要素は、事業の正常な運営を妨げないとの判断を導き出す方向で働くことになると考えられる。
三 ところで、原判決は前記判示に付加して、判断にあたっては「前記のような年次有給休暇請求権の権利としての性格を害する結果にならないように配慮しなくてはならない」(原判決三〇丁表)と判示するが、これは最高判昭和六二年七月一〇日(弘前電報電話局事件)、同昭和六二年九月二二日(横手統制電話中継局事件)に基づくものと思われる。しかし、最高裁の二判決は「勤務割を変更して代替勤務者を配置することが可能な状況にあるにもかかわらず、」時季変更権を行使した事例に対し、「使用者に対しできるだけ労働者が指定した時季に休暇を取れるよう状況に応じた配慮をすることが要請されている」としたものであって、原判決のごとき強いニュアンスで権利性を強調したものではない。使用者が休暇を取れるよう状況に応じた配慮をして代替要員の確保等にあたるべきは当然のことである。
四 しかして原判決は、本件時季変更権の行使の適法性を具体的に判断するに当たって、前記のごとく法の解釈を無視し、かつ原審判決が自ら確定した事実関係からすれば、事業場の規模、ニュースサービスを行う通信社であるという事業の性質、労働者の担当する職務が通信社の記者であるという事実、代替要員確保の困難性、業務支障の蓋然性、さらに休暇の期間が非常な長期である等の事実から右の適法性を認定すべきであったにもかかわらず、これらの事実を全く評価していない。
五 原審の適法に確定したところによると本件の事実関係は以下のとおりである。
1 被上告人は上告人会社の第一編集局社会部に勤務する記者であるところ、昭和五五年六月二三日上司である関口社会部長に対し、口頭で八月二〇日ごろから約一ヵ月有給休暇をとりたい旨申入れ、同月三〇日に同部長に同年八月二〇日から九月二〇日までの間で所定の休日をのぞいた二四日について有給休暇をするとの書面による有給休暇日の指定をした。しかるところ上告人会社は同年七月一六日付で九月四日から二〇日までの期間(ただし被上告人が休暇の始期を遅らせたときは、九月四日からその遅らせた日数だけ後の日から二〇日までの期間)に属する勤務日については時季変更権を行使した。
2 上告人会社は昭和二〇年一一月に創立されたニュースサービスを業とする株式会社であって、昭和五五年六月当時は東京本社を中心に全国八〇ヵ所の支社、総局、支局を有するとともに海外にも多数の特派員を派遣しており、従業員総数は一二一七人、その機構としてニュース取材を担当する編集局(第一編集局―職員数三八七人、第二編集局―職員数二五名)を有し、編集局は社会部、運動部、商況部等いくつもの部に分かれていた。
しかして社会部には昭和五五年八月当時被上告人を含めて四一人が所属し、内勤が一〇人(部長一人、次長四人、遊軍三人、デスク補助二人)で、その他の三一人が各記者クラブに所属して取材にあたっていたが、被上告人は科学技術記者クラブに所属する記者であった。
3 科学技術記者クラブの担当分野は科学技術庁、原子力委員会、原子力安全委員会の所管事項に対応して原子力関係、エネルギー研究開発関係、宇宙開発関係、海洋資源開発関係、ライフサイエンス関係、防災科学関係等の多岐にわたり、なかでも原子炉事故等原子力関係は大きな比重を占めていたが、これらの諸問題について日々取材し、送稿するのが被上告人の職務の内容であった。
4 被上告人は昭和四二年に上告人会社に入社し、昭和五二年四月社会部に配属、同五三年四月から科学技術記者クラブの常勤者となり、同五四年三月までの一年間は先輩記者と共に同クラブの仕事をして来たが、右の時期からは科学技術記者クラブが単独配置となったため、一人でクラブの仕事を行って来、昭和五五年八月当時にはそれまでの二年四ヵ月間のクラブでの取材や学習により、科学技術分野につきかなりの知識経験を有するに至っていた。
5 上告人会社の社会部においては、配属人員一人の記者クラブや一人がかけもちで配置される記者クラブがいくつかあったが、これはその繁忙度や重要性を考慮した結果であるとともに、社会部の人員上の制約のためにやむなく行われていたのである。また社会部内で長期欠勤や長期出張等で一ヵ月近くもクラブ記者が取材活動を行えないような場合には、他の部の記者が代替した例はなく、そのような長期代替は社会部内において賄うのが慣例であった。
6 昭和五五年ころ原子力関係については、同五四年三月にアメリカ合衆国スリーマイル島の原子力発電所事故が発生したことから、わが国国民の間に原子力発電所及びその事故に対する関心が高まっていた。
7 なお、上告人会社の業務のなかでは、官公庁、企業に対する専門ニュースサービスのウェイトが高く、マスメディアに対する一般ニュースサービスの比重は、昭和五五年当時においても収益にして一二ないし一四パーセント程度であって、それゆえ一般ニュースサービスのための取材を行う社会部に対する人員配置は四一人と少なく、毎日新聞東京本社の一〇七人、共同通信社の九一人に対して二分の一以下にとどまっていた。
8 右のような事実関係のもと、被上告人が休暇をとれば上告人会社としては社会部内において被上告人の職務を代替するものを見出さなければならないが、社会部内の人員にはゆとりがあったとはいい難く、科学技術分野をいつでも補佐補充しうる非常勤記者も用意されていなかったため、本来科学技術分野を担当しない他の記者をこれに充てるほかなかった。そして被上告人の休暇は長期連続のものであったから、代替要員の確保にはかなりの困難があることは否定しがたかった。
そのため代替要員を確保したとしても、他のクラブの記者に必要とされる知識経験に比べ相対的に高い専門性を要する科学技術分野であるため、代替者による職務遂行はある程度の質の低下を免れがたいと同時に、当該代替者の本来の職務に影響を生じ、かつその波及的影響もありえた。
六 右の事実関係に照らせば、本件において上告人会社が被上告人の休暇請求に対する時季変更権を行使した時点で、その後半の部分(うち有給休暇は一二日)について事業の正常な運営を妨げる蓋然性があるとしたのは、全く客観的、合理的であるとして首肯しうるのである。
原判決は「結果的には、本件休暇による代替期間中、原子力発電所事故等の突発的な大事件もなく」云々(原判決二九丁表)と述べて、結果として支障がなかったことをも事業の正常な運営を妨げなかったことを示すものとしているが、結果をもって事後的に判断することはまことに不当であり、この場合事前判断の客観性、合理性のみが問われるべきである。
従って原審で確定された「事実関係」に照らして、本件においては、「事業の正常な運営を妨げる」としてなされた上告人会社の時季変更権行使は適法とされるべきであったのであり、これと異なる判断に出た原判決は誤りというべきである。
以下原判決の誤りを個別的に指摘する。
七 本件が従前最高裁を含めた裁判所の判決にあらわれた各種の事例と全く異る特異性を有すること、すなわち本件においては長期連続休暇が問題とされていること、記者という特殊な職種に関するものであることについてはすでに「はじめに」で述べたところであるからここで再説しない。そこでの論議を引用する。原判決は少なくとも右の二点について無視ないし軽視しただけでも誤りを犯しているものである。
のみならず、原判決は前記の最高裁の弘前電報電話局事件等二判決から「年次有給休暇請求権の権利としての性格を害する結果とならないように配慮しなければならない」(原判決三〇丁表)との一般原則を打ちたて、そこからさらにいわゆる年休完全消化論すなわち「一般的に時季変更権の行使は他の時季における年次有給休暇の完全消化が可能であることを前提とする」(原判決三七丁表)との考え方に立ち、他の時季にも業務に支障があることが予想されるならば、請求された時季に一挙に連続長期の有給休暇をとらせるべきであると独自の立論をなしている。
かくては、事業の正常な運営を妨げるかどうかの判断に際して、いかなる時季に休暇をとればより業務に対する支障が少ないかを考慮することを余儀無くされることになる。
右のような原判決の議論の展開に対し、前記名古屋大学の和田助教授は、
「年休日数が四〇日にも及ぶ場合に、(長期連続して取得しうる)可能性を認めようとするならば、「事業の正常な運営を妨げる」かどうかの判断についても、当然に従来の判例の判断枠組を修正せざるをえなくなる。労働者の長期休暇がほとんどの場合事業の運営に重大な支障を及ぼすことは明らかであり、したがって、長期休暇の取得には従来の短期の休暇の取得に対するのとは異なった対応あるいは人員配置が使用者に要求される。また事業運営の支障の判断も単に指定された時季における支障だけではなく、他のそれと代わり得る時季における支障の程度との比較も必要となるからである。」と評する(前掲ジュリスト九二七号)。
原判決が法三九条三項但書の解釈に使用者側の「配慮」の必要性をこえて年休完全消化論を持ち込むのは完全な誤りである。
八 業務の正常な運営を妨げるかどうかの判断にとってかなり決定的な重要性をもつのは、代替要員確保の難易の問題である。この問題はある程度の規模の企業にとっては全く確保が不能ということはない故に、確保の困難性の程度の問題となる。
しかして上告人会社の社会部の記者の場合、長期間にわたる代替者の確保は困難な状況にあり、ことに被上告人の所属していた科学技術記者クラブが担当する分野については真に代替しうる者を見い出し難かったのである。このことは原判決も一面において認めるところであり、人員の配置の適正性の問題に関連しては「(単独配置が)業務上の支障発生につながったと評価せざるをえない」(原判決三五丁表)として、代替者確保の困難による業務支障があったことを明確に認めている。しかるに原判決は「代替が著しく困難であったとはいいがたい」(原判決三二丁表)と評価する。「著しく」とはどの程度の困難を指すのか、はたまた「著しく困難」でなければ「かなりの困難」があっても長期連続休暇を受忍すべきなのか、原判決の認定は理解しがたい。原判決はこの一事においても法三九条三項但書の解釈適用を誤っている。
九 原判決は右の代替要員の確保の問題に関連して上告人会社社会部の人員配置の問題に言及し、人員配置が適正を欠いているとしたうえ、業務上の支障が配置の不適正に起因するならば、それがあったとしても「事業の正常な運営を妨げる」と認めることができないかのように論ずる。
すなわち同判決は次のように判示するのである。
「社会部の人員のゆとりのなさはともかくも、控訴人(被上告人)の単独配置は、他社の例や被控訴人(上告人会社)自体の過去の例からしても、また、被控訴人(上告人会社)が控訴人(被上告人)の担当する科学技術分野が専門性が強く代替に困難を伴うと認識していたことから考えても、適正を欠いたといわざるをえず、それが業務上の支障発生につながったと評価せざるをえないから、これを時季変更権行使の根拠として重視するのは相当ではない。」(原判決三五丁表)
しかしながら、従来の判例においては、人員配置の適正、不適正にまで踏み込んでこれを「事業の正常な運営を妨げる」か否かの判断の要素としたものはなく、企業における人員配置は所与のものとして判断がなされている。
もともと企業はその規模を決するにあたり、その企業の沿革や収益力などの財務事情に依存するところが大であり、その規模に応じて特定の事業所や部署への人員配置を決めているが、その事業所や部署に配置する人員もまた事業所や部署の収益力、企業に対する貢献度によることになる。のみならず、適任者がいなかったり、時機に後れていたりして、当該分野について他に代替する者を配置できなくていることも往々にして生ずるところである。ましてその部署が専門性を必要とするものであれば、人繰りが苦しいなかでは容易に補充要員を置くことができず、補充要員を作り出すとすれば従業員一人あたりの収益性がマイナスとなるという財政的負担を免れ難い。
かかる企業の実態を無視して、「事業の正常な運営を妨げる」か否かの司法判断にあたり配置が適正を欠くとすることは、あまりにも行き過ぎであって暴論である。
従って右の判断にあたっては、現状の人員配置のもとで、代替要員確保の難易を決すべきであり、それをこえて人員配置の適正性についてまで考慮すべしとした原判決は、法三九条三項但書の解釈を誤ったものである。
一〇 原判決はまた、本件有給休暇請求が長期にわたるものであり、そのために「事業の正常な運営を妨げる」蓋然性が高くなっていることを看過して、誤った判断をなしている。
すなわち原判決は、「確かに一般的にはその期間が長くなるほど、また、先になるほど、その困難さが増大するものとは考えられるが、・・・・・がい然性の程度の基準を著しく軽減しなければならないほどの困難があるとは認め難(い)」(原判決三八丁表)と判示する。
しかしながら、休暇の期間が長いことそれ自体「事業の正常な運営を妨げる」ことを徴表するものと考えられるのであり、具体的に検討してみても「休暇の長短」と「事業運営の正常性」とは関連性がある。
まず、休暇が一日あるいは二日等の短期であれば代替者を見出すことは容易である。例えば勤務割の変更(勤務割とはいわゆるローテーションのことであり、前述の最判昭和六二年七月一〇日、同年九月二二日の事案はこれであると思われる)等により対処できるであろうし、業務が専門的なものでなければ比較的手すきな部署から人をまわすことができる。
つぎに、短期のものであれば代替者自身の業務への支障が少ない。すなわち休暇をとる者の代替者となるべき者もまた、その者自身の固有の業務を有しているのであり、代替することによってその者の業務に支障を生ずることは当然であるが、短期であれば支障が少ないことになるのである。
さらに、短期の場合、仕事が滞留したり対応できない仕事が生じたりしても、企業側としては受忍ができ、代替者を当該職務に充てたため仕事そのものの質が低下したとしても、短期ならば我慢ができるし、企業の信用の低下も妨げる。
ところが、長期にわたる欠務があれば、この種の支障は日々累積的に大きくなっていく。一日の欠勤の場合の支障を一とすれば、二日では二、五日では五、一〇日では一〇というように増大していくのであり、このことは経験則上も明らかなところである。従って余剰の労働力を持っていない企業としては、休暇はできる限り短いことが望ましいが、さりとて労働者の有給休暇権もまた保障されなければならないから、指定された休暇期間に一定のところに線を引き、それより短い場合には業務に対する支障は受忍限度内にあるものとして、事業の正常な運営を妨げないものとするほかはないのである。つまり有給休暇権と時季変更権の行使とは、指定された休暇期間が短期のときは直ちに優劣を決することができるが、それが長期にわたるときは両者の利益の比較衡量的な要素を生じ、期間の長さにおいて調整されなければならないこととなると考えられる。
まして休暇請求者の職務がある程度専門性を有するときは、その者の欠務によって企業側に生ずる損失、すなわち事業運営の非正常性はますます増大するが故に、長期間の休暇を許容することは困難となる。
本件において上告人会社は前半の一五日(うち有給休暇日数は一二日)については時季変更権を行使せず、後半についてだけ行使したのであって、右の観点から、かかる措置はまことに妥当だったのである。しかるに原判決はこのことを看過しており、その点においても法三九条三項但書の解釈、適用を誤った違法がある。
第二点 経験則(採証法則を含む)の解釈・適用の誤り、理由不備、理由齟齬<省略>
結語
以上、原判決に対して、その持っている意味、法令解釈適用の誤り、経験則違反、理由不備等、さまざまに論じてきたが、いずれにせよ本件判決が、産業界、労働界に及ぼす影響は甚大であり、現に各企業は休暇制度の運営に苦慮するとともに、夏期をひかえ、労働者からなされる長期連続の休暇請求にいかに対応すべきか苦しい対応を迫られている。
よって、最高裁におかれては、速やかに正しい判断をなされて、原判決を破棄されるよう切に望むものである。
上告代理人小谷野三郎の上告理由
第一
一、本件は、一件記録上明らかなとおり、第一審においては上告人の主張が全面的に採用され、上告人の時季変更権の行使がその要件を具備し、適法有効なものと判断されて被上告人の請求が棄却されたのに対し、原審は第一審とほぼ同一の事実関係を前提としながら、第一審の正当なる判断を排斥し、その判決を変更し、被上告人の請求を一部認容するに至ったという事件である。
しかしながら、以下に述べるとおり、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる、(昭和六二年法律第九九号による改正前の)労働基準法三九条三項但書(以下単に「法三九条三項但書」という。)の解釈を誤った法令違背があり、かつ経験則の解釈、適用をも誤った理由不備、理由齟齬があって、原判決は破棄を免れないものである。
二、判例によれば、まず事業の正常な運営を妨げる場合とは、現実に業務阻害の結果の発生を必要とするものではなく、その発生のおそれないしは発生のがい然性をうかがわせる事情が存在すれば足りるとされている。(熊本地八代支判昭四五・一二・二三、労民集二一巻六号一七二〇頁、チッソ年休拒否事件、仙台高判昭五五・四・二八、訟務月報二六巻七号一一八五頁、山形電報電話局停職事件、札幌高判昭五七・八・五、判例時報一〇六一号一二〇頁、夕張南高校教員戒告事件等、)また事業の正常な運営を妨げるか否かの判断の当否の事後審査に当たっては、その判断当時、即ち時季変更権行使当時の客観的情況に照らして合理的に予測される事実に準拠すべきであって、事後に発生した結果に基づくべきではない(東京高判昭五六・三・三〇、労民集三二巻二号一六七頁、その上告審最二判昭六〇・三・一一、労働判例四五二号一三頁、新潟鉄道郵便局職員懲戒事件)、とされているのである。
右は既に確定した判例であると解されるところ、これに照らせば、「事業の正常な運営を妨げる」ような結果が発生しなかったことをもって、時季変更権の行使がその要件を欠き無効であるとすることは明らかな誤りといわなければならない。
ところが原判決はこの点に関し、「結果的には、本件休暇による代替期間中、原子力発電所事故等の突発的な大事件もなく、田中記者が通常の科学技術関連記事一五本を出稿していること、被控訴人は、この代替のためにデスク補助業務にしわ寄せがあったし、田中記者の原稿は、専門知識の不足のために控訴人のそれよりも劣るものであったとの評価をしているのに対し、控訴人自身はその原稿は自己のものと遜色がないと評価している」と認定し、これをもって被上告人の本件時季指定が上告人の「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たらないことの証左と判断しているのである。これは明らかに前掲の確立した判例に違背して現実の結果の発生の有無、その程度をもって事業の正常な運営を妨げる場合に当たるか否かの判断をしているものにほかならず法三九条三項但書の解釈を誤った違法がある。
三、(一) 法三九条三項但書の「事業の正常な運営を妨げる」おそれないしはその発生のがい然性の存否の判断は、結局は、当該企業の規模、有給休暇請求権者の職場における配置、担当作業の内容性質、作業の繁閑、代行者の配置の難易、時季を同じくして有給休暇を請求する者の人数等諸般の事情を考慮して、制度の趣旨に反しないよう合理的になすべきものというべきである。そして、具体的に従来の裁判例についてみると、次のとおりである。
① 新潟地判昭五二・五・一七、労民集二八巻三号一〇一頁、(新潟鉄道郵便局職員懲戒事件)は、
鉄道郵便局職員が年次有給休暇を請求した事案につき、休暇の付与によって、鉄道郵便局の使命を損なう場合、即ち当該鉄道郵便局所掌の路線の便に、未処理又はこれに準ずる一般事故(区分の省略、次の駅まで郵便物も持ち越して逆送すること等)の発生をもたらす場合には、事業の正常な運営を妨げる場合に当たると判示し、
② 東京高判昭五六・三・三〇、労民集三二巻二号一六七頁、(右の控訴審)は、同一事案について、標準作業速度の余裕率の範囲内で端数整理を行うなどして算出された定員を欠く場合、乗務した者は、右余裕率の範囲を超えて標準作業速度を高めなければ所要の作業を完了できない筋合いであって、乗務員にこのような能率を期待することは相当ではなく、右定員を一名欠いて運行される結果、取扱郵便物の未処理又は一般事故の発生をみる可能性があり、これを否定するに足りるような特別事情が認められないなどの事情があるときには、事業の正常な運営を妨げる場合に当たるとし、定員を欠く場合は原則として(特段の事情のない限り)、時季変更権の行使は適法であると判示し、
③ 右の上告審である最二判昭六〇・三・一一、労働判例四五二号一三頁は右原審の判断をそのまま維持している。
また、
④ 岡山地判昭五五・一一・二六、労民集三一巻六号一一四三頁、(津山郵便局訓告事件)も、
郵便局集配課に勤務する職員が、年次有給休暇を請求した事案につき、本件における「事業の正常な運営」とは、当日配達すべき郵便物が滞留することなく配達されてしまう状態か、又は、仮に滞留物が発生するとしても平常時のそれと著しくかけ離れていない状態であることを指すと解するのが相当であると判示し、
⑤ 名古屋地判昭五九・四・二七、労民集三五巻二号二二〇頁、(名古屋鉄道郵便局職員減給事件)も、
鉄道郵便局職員が年次有給休暇を請求した事案につき、郵便物の遅配に結びつくような未処理が発生するがい然性が高い場合には、事業の正常な運営を妨げる場合に当たると判示している。
(二) 右の裁判例を前提として本件における事業の正常な運営を妨げるおそれないしは発生のがい然性(以下単に、事業の正常な運営を妨げる場合という。)の存否について検討すると、以下のとおりである。
本件において、上告人はニュースの提供を主たる業務目的として東京本社を中心に全国約八〇か所の支社、総局、支局を有し、海外にも多数の特派員を派遣している株式会社であること、被上告人は本社第一編集局社会部に勤務する記者で、昭和五三年四月から科学技術庁の科学技術記者クラブに所属していたが、右の科学技術記者クラブに常駐する上告人会社の記者は被上告人が一名だけであることは当事者間に争いのない事実とされている。
そして、原判決の認定するところによれば、被上告人の担当職務は科学技術の多方面にわたるものであって、その取材活動にある程度の知識が必要であり、被上告人は昭和五五年八月当時にはそれまで担当していた期間における取材や学習により、その分野につきかなりの知識、経験を有していて、他の社会部員と比較してそれが相対的に高く、また、他の社会部員もその所属する各クラブの担当分野に応じて、それぞれに専門的知識は必要であるが、科学技術分野については、相対的にその専門性の度合いが高いものであったというのである。
右の事実によれば、上告人会社においては、当時科学技術庁の科学技術記者クラブに常駐していた記者は被上告人ただ一人であり、しかも他の社会部員と比較し、その分野における知識、経験が相対的に高いという専門記者性を有しており、そのために代替者を求めることは困難だったのである。従ってそのことから本件の場合被上告人の時季指定が事業の正常な運営を妨げる場合に当たるとすることができた筈だったのであり、右の事実にかかわらず、「運営を妨げない」とすることは許されないといわなければならない。
以下若干詳しく検討する。
(三) まず、原判決も認めているように、上告人会社は、通信社として共同通信に次ぐ大規模なものではあるが、専門ニュースサービスを主体としているため、一般ニュースサービスのための取材を中心とする社会部は、大新聞や共同通信の二分の一以下の四一人という人員規模であり、外勤記者の記者クラブ単独、かけもち配置もかなり行われていたから、人員にゆとりがあったとはいいがたい情況にあった。したがって被上告人の職務をいつでも補佐、補充し得るような非常勤記者の配置もなかったこと自体をもって上告人会社の人員配置に欠陥があるとすることはできず、この点は原判決も認めているところである。
次に、このように、被上告人の単独配置もやむなしとしたうえで、代替者を求めることの難易を検討すると、まず代替者を求むべき範囲は被上告人の所属する事業場即ち上告人会社の社会部内とすべきことは明らかである(最二判昭四八・三・二、民集二七巻二号一九一頁、林野庁白石営林署賃金カット事件等)。
しかして被上告人と他の社会部員とを科学技術の分野における知識、経験について比較した場合、相対的に被上告人のそれが高く、同人にはその専門性が認められるということができる。この点について、原判決は、「相対的に高い」にすぎず、「きわめて高い」ものではないとするが、そもそも、被上告人の代替者はその所属する社会部員の中に求めざるを得ないものであってみれば、被上告人と他の社会部員とを比較し、専門性が相対的に高いか否かが最重要事であって、それのみが決定的な意味を持つ。部内での相対的高さを無視して極度の専門性を持ち出すことは、とりもなおさず「事業の正常な運営を妨げる」か否かの判断にあたって代替者を求めうる範囲を「社会部内」に限定したことを無意味ならしめるものといわざるをえない。その意味で社会部内での相対的比較による専門性が存在するにもかかわらず代替者を求めることは容易に可能だったとする原判決は、法三九条三項但書の解釈を誤っているというべきである。
さらに、科学技術の分野における知識、経験が必要とされる記者の特殊性、専門性を考慮すると、この分野での代替者による職務の遂行の結果としての質の低下を無視することはできない。原判決はこの点を認めながら、なお代替者をもって充てうるものとするが、これでは質の低下を甘受せよというに等しく、科学技術分野における記者の特殊性・専門性にかんがみれば上告人会社社会部内においては被上告人に匹敵する専門性を持つ記者は断じて見出すことはできなかったのである。
また、本件のごとき通信社の記者の業務については、他の単純な労務についての代替者を求める場合と同一基準によるべきでなく、同一基準を適用する原判決は、法三九条三項但書の解釈を誤っている(札幌高判昭五七・八・五、判例時報一〇六一号一二〇頁、夕張南高校教員戒告事件、仙台高判昭五九・七・一八、労働判例四三七号三〇頁、福島電報電話局停職事件等)。
(四) 右(三)に述べたところによれば、第一審判決が正当に判示しているように、上告人会社においては、被上告人に匹敵するだけの科学技術分野における知識と経験を積んだ記者はおらず、社会部の記者を被上告人に代わって配置することは、体制的にも、能力的にも不可能であり、代替記者を見出すことは難しく、被上告人の代替は事実上困難であったものであるから、被上告人の本件時季指定は上告人会社の事業の正常な運営を妨げる場合に当たるものというべきところ、原判決は経験則に違背し、さらには法三九条三項但書の解釈を誤って上告人の本件時季変更権の行使がその要件を欠くものと判示したのである。
四、確かに原判決の指摘するように、我が国においては年次有給休暇取得促進が国際的課題とはなっているが、原判決は徒らにこれに目を奪われ、上告人会社の現実の実態を無視して判断したものといわざるを得ない。労働者の有する有給休暇の権利の尊重と同様に使用者に認められている時季変更権も尊重されなければならないものである。上告人会社の業務、そこでの被上告人の職務、そのおかれている立場等は事業の正常な運営を妨げる場合に当たるか否かの判断に際し重要な意味を持っている。ところが被上告人は上告人会社の業務、自己の職責等を十分に認識しながらも眼中におかず敢えて、突如として上告人会社の予測をはるかに超えた長期間の時季指定をしてきたものであり、これに対し上告人会社は十分に対応することができず、やむなく被上告人の指定した期間の半分について時季変更権を行使したものであり、上告人会社としてはこれが最大限の譲歩であって、これ以上被上告人の時季指定に応ずることは上告人会社の事業の正常な運営を危うからしめるのである。この点において、被上告人の本件時季指定は、上告人会社に対する不意打ちであり、信義に反するものというべく、これに対する上告人会社の本件時季変更権の行使はその要件を具備した適法なものというべきである。
したがって原判決は抽象的、一時的な我が国の有給休暇取得に対する批判に目を奪われ、実態を無視した判断をなしており、これは経験則に違背し、理由不備があるものといわなければならない。
五、代替者の配置の難易と時季指定の期間の長短とは大いに関連性があるものというべきである。すなわち代替者の配置が困難であればあるほど休暇の期間は短くてもやむを得ない関係にあり、本件における代替者の配置の困難さ、本件時季指定の期間が前示のとおりであるうえに、さらに年次有給休暇制度の目的である労働者の心身の疲労を回復させ、労働力の維持培養を図るということをも併せ検討すると、被上告人の本件時季指定は、上告人の事業の正常な運営を全く無視した身勝手なものであって、上告人会社の一員であることを忘れているものといわざるをえない。かかる被上告人の身勝手を許していては上告人会社の存立さえも危ぶまれることとなる。
上告人としては、被上告人の有する年次有給休暇の権利を全面的に否定したものではなく、被上告人の時季指定が余りに非常識な長期間であって上告人会社の事業の正常な運営を妨げるものであったので、休暇を二回に分けて二週間ずつとるように指示して本件時季変更権を行使したものである。
かかる実態を無視し、被上告人の身勝手を認める原判決は、明らかに法三九条三項但書の解釈を誤っているものというべきである。
第二<省略>